大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所 昭和31年(モ)21号 判決

債権者 身延高等学校PTA

債務者 畑野稔 外一名

主文

当裁判所が当庁昭和三十年(ヨ)第七八号債権仮差押申請事件につき同年八月八日になした債権仮差押決定は之を取消す債権者の右仮差押申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

この判決は第一項に限り債務者において金額壱万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

債権者代理人は主文第一項掲記の仮差押決定を認可する訴訟費用は債務者の負担とするとの判決を求めその理由として債務者は元山梨県立身延高等学校の教員であつて同校庶務課長の職に在つたものであるがその在職中債権者が同校に保管を託しておいた会費その他合計金参拾五万八千参拾九円を擅に費消したので債権者において再三その返済を請求している内右事件の為遂に同校職員を退職するに至つたものである。而して債務者は昭和三十年八月十日頃山梨県より退職金として金拾七万四千九百円を支給されることになつたが他の金融業者が債務者の委任状により右退職金の交付を受ける虞がありこの侭放置するときは後日債権者において債務者に対する損害賠償請求の訴において勝訴するも強制執行が不可能となるので右請求権保全のため債務者の第三債務者に対する前掲退職金債権の仮差押を申請し本件仮差押決定を得たものであつて右退職金債権は民事訴訟法第六百十八条に規定する差押禁止債権に該当しないから右仮差押決定は認可せらるべきものであると陳述した。〈立証省略〉

債務者代理人は主文第一、二項と同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め債権者の主張に対する答弁並びに異議の理由として債権者主張の事実中債務者が元山梨県立身延高等孝校の教員であつて同校庶務課長の職に在つたことは認めるが債務者が同校において保管中のPTA会費等を費消したという事実は否認する、而して本件仮差押にかかる退職手当はその全額が差押え得ないものである。即ち右退職手当債権は債務者が多年山梨県学校事務職員として在勤した後昭和三十年六月十五日退職したので山梨県学校職員退職手当支給条例(昭和二十九年一月十四日公布山梨県条例第四号)により支給せられるものでその趣旨は昭和二十八年法律第一八二号国家公務員退職手当暫定措置法とその軌を一にするものである。而して右債権の性格は官吏の恩給にも比すべき受給者の一身に専属する権利で他にこれを譲渡することを許さず従つて差押又は仮差押をなすことができないものである。このことは同条例第一条第一項の条例の目的同条第二項の「この条例は山梨県恩給条例(昭和二十八年四月山梨県条例第六号)の規定による給付、恩給法(大正十二年法律第四十八号)の規定による恩給、国家公務員共済組合法(昭和二十三年法律第六十九号)の規定による退職給付及びこの条例による退職手当を綜合する新たな退職給与制度が制定実施されるまでその効力を持つものとする」との規定第三条に規定する普通退職手当が最も少ないこと、(この場合は就職先のあてがあるとか退職後の生活に一応のあてがあると考えられているためである)第四条の傷い疾病等の退職第五条の整理退職第十条の予告を受けない退職第十一条の失業者の退職手当等の規定に徴し明瞭に看取し得るところである。従て債務者が第三債務者に対して有する本件退職手当債権につき債権者がなした本件仮差押命令の申請は失当であるから之を容れて為した仮差押決定を取消し右申請を却下すべきものであると述べた。〈立証省略〉

理由

当裁判所が昭和三十年八月八日債権者の申請に基き債権者が債務者に対して有する金参拾五万八千参拾九円の債権の執行保全の為債務者が第三債務者から支払をうくべき退職手当金拾七万四千九百円の債権を仮に差押え第三債務者に対してはその支払を禁止する旨の仮差押決定をなしたことは本件記録上明らかである。そこで右退職手当債権の差押が許されるか否かの点について考えてみるに山梨県学校職員退職手当支給条例(昭和二十九年一月十四日公布同県条例第四号)によるとその第一条において「この条例は山梨県恩給条例(昭和二十八年四月山梨県条例第六号)の規定による給付、恩給法(大正十二年法律第四十八号)の規定による恩給、国家公務員共済組合法(昭和二十三年法律第六十九号)の規定による退職給付及びこの条例による退職手当を綜合する新たな退職給与制度が制定実施されるまでその効力を持つものとする」旨規定し同第三条には普通退職の場合の支給額第四条には傷い疾病等に因る退職の場合の支給額第五条には整理等に因る退職の場合の支給額をそれぞれ定めている。而して右第三条の規定する支給額が第四条第五条の規定する支給額に比して少ないこと及び普通退職の場合における労働基準法第二十条第二十一条所定の給与との関係を定めた同条例第十条の規定失業者の退職手当を定めた同第十一条の規定等とを合せ考えると同条例により支給せられる退職手当は退職により脅威を受くべき一時の生活資料に充てるため支給せられるものであつて官吏の恩給にも匹敵すべき性質のものであると解するのが相当である。したがつてこれを受ける権利は受給者の一身に専属し他にこれを譲渡することを許さないものと解すべきであるからこれが差押又は仮差押をなすことは許されないものといわなければならない。はたしてそれならば本件退職手当債権につき債権者がなした仮差押命令の申請は既にこの点において失当であるからさきに当裁判所がなした前掲仮差押決定を取消し債権者の右申請を却下することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例